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神戸地方裁判所 昭和27年(行)19号 判決

原告 新谷政次郎

被告 灘税務署長

訴訟代理人 荻田 衛 外二名

主文

(一)  原告の昭和二十五年分所得税更正決定取消の訴

(二)  昭和二十七年分所得税額見積額の決定(いわゆる法定決定)取消の訴

(三)  別紙目録記載家屋に対し昭和二十六年八月二十八日なされた差押処分の取消の訴はいずれも却下する。

原告の昭和二十六年分所得税更正決定取消の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする

事実

原告は「(一)被告が昭和二十六年四月三十日原告に対してなした総所得金額金一二〇、〇〇〇円、課税所得金額金三五、〇〇〇円所得税額金七、〇〇〇円、過少申告加算税額金三五〇円とする昭和二十五年分所得税更正決定、(二)被告が昭和二十七年五月三日原告に対してなした総所得金額金二四〇、〇〇〇円、課税所得金額金一二一、〇〇〇円、所得税額金二七、五〇〇円、過少申告加算税額金一、二五〇円とする昭和二十六年分所得税更正決定、(三)被告が昭和二十七年八月二二日原告に対してなした総所得金額金二四〇、〇〇〇円、課税所得金額金一九〇、〇〇〇円、所得税額金四七、〇〇〇円とする昭和二十七年分所得税額の見積額の決定(いわゆる法定決定)、(四)被告が昭和二十六年八月二十八日別紙目録記載家屋に対してなした差押処分、をいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「被告は請求の趣旨(一)乃至(三)記載の日に各記載のような更正決定及び法定決定をなし、それぞれその旨原告に通知されたが、原告は右各課税年度において被告のいうような所得はなかつた。すなわち原告は昭和二四年一一月頃より同二六年一二月末まで土砂の売買仲介業を営んでいたが、昭和二五年度は金五〇、〇〇〇円程度、同二六年度は、金四五、七六一円の所得があつたにすぎず(同二六年中の取引先は訴外脇本建設工業株式会社、同株式会社高田商店、同宮田組株式会社、同森本倉庫株式会社の四社のみで、これらとの年間取引総額は金二六一、一九一円、支出として山代金一一三、八五〇円、運送金八二、四五〇円、運転手チツプ金一〇、一〇〇円、諸経費金九、〇三〇円である)、しかも原告を除いて家族は二七歳の大学生ら計五人で、うち四人は扶養親族に該当するから、右所得から基礎控除、扶養控除をうけると全然課税されない筈であり、又昭和二七年一月以降は廃業届を提出して休業し、金然無収入であつた。そしてこの間の生活費は前記収入及び不動産売却による収入、並びに手持現金により賄つてきたのであるが、被告は何ら確実な調査もなさず、単なる推定に基き前記のような過大な所得を認定して原告の申告所得額を更正し、又この不当な更正額を基に所得税法第二一条の二第一〇項(昭和二九年法律第五二号により削除される以前。以下本項及び本条第二項、第一四項につき同じ)により所得税額の見積額を決定したのであつて、右更正決定及び法定決定はいずれも不当違法な処分である。又被告は、原告が昭和二五年分所得税額を滞納しているとして、請求の趣旨(四)のとおり、原告所有の別紙目録記載家屋(以下本件家屋と称する。)を国税徴収法による滞納処分として差押えているが、同年分所得税更正決定が前記のとおり違法である以上、本件差押も亦違法である。よつて被告のなした右各処分の取消を求めるため本訴に及んだ」と述べ

被告の答弁に対し「昭和二五年分所得税更正決定に対し、原告が被告主張の日に再調査請求を申立てたが却下されたこと、右却下を不服として訴外大阪国税局長に審査請求をなしたが棄却され、右決定が被告を経由して原告に通知されたこと、原告が昭和二七年分所得税につき所得税法第二一条第一項(昭和二九年法律第五二号による改正前。以下本項につき同じ。)に規定する七月予定申告書、及び同法第二一条の二第二項に規定する承認申請書を提出しなかつたこと、はいずれも認めるが、同法第一二条の二第一〇項にいわゆる前年分の総所得金額とは、納税義務者の前年分の実際の所得金額を指すのであるから、本件のいわゆる法定決定においては、被告のいうような前年分の被告の一方的になした更正所得金額を基にせず、原告の昭和二六年度の実際の所得金額を基にして算出すべきものである。又被告の本件家屋に対する差押処分に対し、原告が国税徴収法に規定する再調査、審査の請求をしなかつたことは被告主張のとおりであるが、本件家屋の公売期日が昭和二七年一〇月二〇日と定められていたため、これらの決定を経ていては著しい損害を生ずる虞れがあるから、国税徴収法第三一条ノ四第一項但書により直ちに本訴を提起したものである。」と述べた。〈立証 省略〉

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「被告が原告主張の日にその主張のような各更正決定をなし、又旧所得税法第二一条の二第一〇項に規定する所得税額の見積額の通知をなし、及び昭和二五年分所得税の滞納処分として原告主張の日に原告所有の本件家屋を差押えたこと、原告が上砂売買仲介業を営んでいたことはいづれも認める。」と述べ、以下の(一)乃至(三)の訴につき却下を求める理由として、

(一)  昭和二五年分所得税更正決定取消の訴 原告は昭和二五年分所得税確定申告書を昭和二六年二月二八日被告に提出し、被告は同年四月三〇日原告主張のとおり更正してその書面を同日原告に送付したところ、原告は同年八月七日に右更正に対する再調査請求書を被告宛提出したが、右調査請求は所得税法第四八条第一項(昭和二八年法律第一七三号による改正以前。)所定の法定期間を徒過してなされた不適法な請求である。又右再調査請求の却下を不服とする原告の審査請求に対し、訴外大阪国税局長は棄却の決定をなし、右決定は被告を経由して昭和二七年四月一七日原告に到達しているから、本件更正決定の取消を訴によつて求めるには、同法第五一条第二項により審査決定の通知を受けた日から三ヶ月以内に訴を提起すべきであるにかかわらず、本訴は右期間を経過した同年一〇月一八日に提起されているから「出訴期間を徒過した不適法な訴である。

(二)  昭和二七年分所得税額見積額の決定取消の訴 原告は昭和二十七年分所得税につき旧所得税法第二一条第一項に規定する七月予定申告書、及び同法第二一条の二第二項に規定する承認申請書を提出しなかつたため、同第一〇項の規定により前年分(昭和二六年分)の総所得金額に相当する昭和二七年分の総所得金額の見積額を基礎として計算した所得税額の見積額を原告に通知したものである。ところで、所得税の納税制度は納税義務者の便宜と徴税事務の簡素化をはかるため、年間を三期に分けて予定納税の方法を前行せしめ、原則として前年所得の実績に基いて第一期分及び第二期分の納税額を算出納税し、精算は確定申告においてこれを行うこととしているから、七月予定申告書の提出があつたものとみなす旨を規定する旧所得税法第二一条の二第一〇項は、本質的にはその年分の所得税の第一期分納税額を確定したものと解され、従つて被告の前記所得税額の見積額の通知は、単に所得税法の規定により適法に算定された納税額を納税義務者に知らしめる通知行為にすぎず、右通知によつてはじめて課税処分としての効力を有する性質のものではない。すなわち、昭和二七年分所得税額の見積額の通知は行政処分ではないから、これが取消を求める本訴は不適法として却下されるべきである。なお右計算の基礎となつた昭和二六年分の総所得金額とは、具体的にはさきに被告が更正した、金二四〇、〇〇〇円であるが、右更正の当否は本訴において原告の争うところである。しかし、昭和二七年分所得税予定申告の段階においては、公法上の確定方により、昭和二六年分の総所得金額は被告の右更正にかかる総所得金額において一応確定しているものとして取扱うべきで、原告がもしこの不利を免れんとするならば、予め旧所得税法第二一条の二第一項に規定する事前承認申請の救済手続を利用しえたのであるから、この点からも右取扱いは当然且つ正当である。

(三)  差押処分取消の訴 本件家屋に対する差押は、原告の昭和二五年分所得税滞納のため国税徴収法による滞納処分としてなされたもので、原告において本件処分の取消を求める訴を提起するには、国税徴収法第三一条ノ二によつて再調査の請求をなし同条ノ三第五項による審査の決定を経ることが必要であるのにかかわらず、原告は本件処分に対し再調査の請求すらしていないのであるから、本件訴は訴願前置の要件を欠く不適法な訴であつて却下されるべきである。」

とそれぞれ陳述し

昭和二六年分所得税更正決定取消の請求につき答弁として、「原告が被告に提出した確定申告書によると、原告の昭和二五年分所得金額は金五〇、〇〇〇円、同二六年分所得金額は金八〇、〇〇〇円、同二七年分所得金額は金四〇、〇〇〇円、この合計金一七〇、〇〇〇円であつて、これだけの所得金額を以て、原告を含めた六人の家族が昭和二五年一月一日から同二七年一二月三一日に至るまでの三ケ年の生計を維持したとは到底考えられない。原告は本訴においてこの間の生活費は右収入及び不動産売却による収入金並びに手持現金により賄つてきたと主張するが、これは後記のとおり本訴提起前に原告が被告に対して申立てたことと相反するし、又原告は昭和二六年所得税の確定申告書においては総所得金額を金八〇、〇〇〇円と、同再調査請求、同審査請求では総所得金額を金五〇、〇〇〇円と、再調査請求書の添付書類ではこれを金四〇、四六四円と、本訴においては、これを金四五、七六一円とそれぞれ異る主張をなしており、なお原告が本訴で主張する同年分の取引による総収入金額、必要経費、純利益等の明細は、原告が被告に提出した同年分所得税再調査請求書の添付書類のそれとも符合しない。このように、確定申告より再調査審査請求を経て本訴に至る間の原告の主張は、それ自体甚だ無統一且つ矛盾に満ちていて全く信用することができない。これを被告の調査の結果に照してみると、原告の主張する森本倉庫株式会社ほか三社との昭和二六年度の実際の取引総額は、原告の主張取引額を上廻つているほか、前記四社以外に被告の調査により判明しただけでも、同年中に原告は訴外久喜利夫と金六〇、〇〇〇円以上、訴外木庭熊一と約金六〇、〇〇〇円、訴外関谷建設株式会社と金六九、七〇〇円の取引があるのである。さらに原告は昭和二六年中の森本倉庫株式会社ほか三社の取引について支出した運送費を金八二、四五〇円であると主張するが、原告が運送取扱者としていた訴外灘貨物運輸株式会社が、同年中に原告から支払を受けた運送費は右金額をはるかに上廻る金二四六、四〇〇円である。これらの事実は、原告の取引範囲及び規模が原告主張のそれと大きく上廻ることを示して余りあるのであるが、原告は確定申告書においてその年中の総収入金額及び必要経費を全く記入せず、伝票、帳簿その他の書類も備えていないため、原告の年間総収入金額及び必要経費を各別に算出、認定することができない状況にある。このような場合被告としてはいわゆる推計によつてこれを認定せざるを得ないのであるが、被告が原告の所得を調査した際、原告は昭和二六年中において他より借入金、又は不動産売買による収入金がなかつたと被告に申立てているから、同年中の原告の家計費はその事業から生ずる所得によつて賄われたものと推定して差支えない。そこで同年一月より一二月までにおける神戸市の一世帯当り家計支出金額(C・P・S)合計金一九六、八一五円を、一世帯の平均人員四・五六人で除すると、家族一人当りの年間家計支出金額は金四三、一六一円一八銭となるから、これに原告の家族数六を乗じて得られる原告家族の年間家計支出総額は金二五八、九六七円となる。この金額は被告が更正した原告の昭和二六年分所得金額二四〇、〇〇〇円を上廻るものであるから、被告の更正した前記所得金額及びこれに基く所得税額は相当であつて、右更正には何らの違法はない。よつてその取消を求める原告の請求は失当である。」と述べた。〈立証 省略〉

理由

被告が原告に対し、原告主張の日にその主張のような内容の昭和二五年分、同二六年分所得税の各更正決定をなし、又旧所得税法第二一条の二第一〇項に規定する所得税額の見積額の通知をな、及び昭和二五年分所得税の滞納分として原告主張の日に原告所有の本件家屋を差押えたこと、はいづれも当事者間に争いがない。そこで被告の本案前の抗弁について考えてみると

(一)  昭和二五年分所得税更正決定取消の訴 原告が被告のなした頭書の更正に対し再調査を求めたが却下され、これを不服としてさらに訴外大阪国税局長に対し審査を請求したが同局長はこれを棄却し、右審査の決定が被告を経由して原告に通知されたこと、は当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立につき争いのない乙第六号証によると、右審査決定通知書は昭和二七年四月一七日原告に到達したことが認められる。そうすると本訴は、所得税法第五一条第二項の規定により、右審査決定の通知を受けた昭和二七年四月一七日から三箇月以内に提出することを要するのであるが、記録上明かなとおり、本訴は右期間を経過した同年一〇月一八日に提起されているから、出訴期間を徒過した不適法な訴といわなければならない。

(二)  昭和二七年分所得税額見積額の決定(いわゆる法定決定)取消の訴 原告が昭和二七年分所得税につき、旧所得税法第二一条第一項に規定する七月予定申告書及び同法第二一条の二第二項に規定する承認申請書を提出しなかつたことは当事者間に争いがないから、このような場合同法第二一条の二第一〇項前段の規定により、原告の前年分(昭和二六年分)の総所得金額に相当する昭和二七年分の総所得金額の見積額を基礎とした七月予定申告書を原告が提出したものとみなされることは当然であつて、被告が右総所得金額の見積額を基礎として計算した所得税額の見積額を原告に通知したことも、まさに同項後段の要求するところである(計算の基礎となる前年分の総所得金額認定の当否の判断は暫く措く。)そこでいわゆる法定決定が課税処分であるかどうかを考えるに当り、その前提となつている旧所得税法第二一条の二第一〇項前段の規定の意義を一応考察する必要がある。

所得税法(昭和二九年法律第五二号による改正前の法律をいう。以下同じ)はいわゆる申告納税制度をとり、この制度にあつては納税義務者自身が課税標準を決定し、これに税率を適用して税額を算出、申告することによつて一応税額は確定し、この間税務署長の具体的行政行為を必要としないが、納税義務者が申告を行わないとき又は申告が不相当と認められるときは、第二次的に税務署長が一方的に課税標準の決定又は更正を行い、これに基いて納税義務者に納税告知を行うことによつて具体的に税額が確定する建前である。そして又所得税法は納税義務者の便宜、徴税事務の簡易化と租税収入の早期確保のため、年間を三期に分け、予定申告制度を設けて一年の中途(七月及び一一月)において条件付で所得税額を確立、分納せしめ、年の経過を待ち確定申告によつて最終的に税額を確定せしめると同時にその清算を行うこととしている。しかし納税義務者が予定申告をしない場合等もありうるが、かような場合税務署長が各人の課税標準を個々に調査することは前記予定申告制度の目的に反するもので、旧所得税法は納税義務者に前年分について確定申告書を提出する義務があつた場合は、予定申告は原則として前年の実績によるものとしてこの間の調整をはかつたのであつて前年分の総所得金額に相当する額のその年分の総所得金額の見積額を基礎とした七月予定申告書の提出があつたものとみなす旨を規定する旧所得税法第二一条の二第一〇項は、すなわちこの趣旨のあらわれにほかならない。

このような申告納税制度全体の趣旨から右同項の規定を考えてみると、納税義務者が旧所得税法第二一条に規定する七月予定申告書を提出しない場合における納税義務者のその年分の総所得金額の見積額は、右同項の規定により前年分の総所得金額に相当する額において確定したものというべく、その確定につき税務署長の何等の行政行為を要しないと解するのが相当である。

そこで前同項後段によれば、税務署長は右総所得金額の見積額を基礎として計算した所得税額の見積額を納税義務者に通知することになつているが、計算の基礎である総所得金額の見積額は前記のとおり前同項前段によつて確定し、その計算方法も旧所得税法第二一条の二第一四項、旧所得税法施行規則第一九条の六(昭和二九年政令第六三号による改正前)等によつて定められているから、税務署長のなす所得税額の見積額の算出は、所得税法等により客観的には一応確定した見積額を事実上確認するにすぎず(見積額の計算に誤りがあつても納税義務者はさしあたつて事実上訂正を申立てるほかない)、見積額の通知は法律効果を伴う納税告知とは異り、右確認の結果を納税義務者に知らしめる単純な通知行為にすぎない。(予定申告書の提出があつたとみなされる限り、この通知がなくても納税義務者は法定の納期までに税額の見積額を納付すべき義務がある)と解するのが相当である。従つていわゆる法定決定は課税処分ではなく、訴を以てその取消を求めることはできないといわねばならない。納税義務者が総所得金額を前年実績によるとされたために蒙る不利益は、事前にあつては旧所得税法第二一条の二第一二項の承認を受けることによつて避けることができ、事後にあつては同法第二三条第二項(昭和二九年法律第五二号による改正前)の更正の請求をなしうるから、いわゆる法定決定を課税処分でないと解しても実質上納税義務者に酷な結果を来さないし、旧所得税法がいわゆる法定決定に対し再調査及び審査の請求を許していない(同法第四八条、第四九条、いずれも昭和二九年法律第五二号による改正前)点からみても、同法がこれを課税処分とみていなかつたことをうかがうことができ、前記解釈の正当なことを裏づけるものと考える。

そうだとすると、いわゆる法定決定が課税処分であることを前提としてその取消を求める原告の本件訴は不適法といわねばならない。

なお、附言すれば、納税義務者の申告した前年分の総所得金額が更正された場合、旧所得税法第二一条の二第一〇項の適用にあたつては、更正にかかる総所得金額を以て前年分の総所得金額と解するのが相当である。

(三)  差押処分取消の訴 本件家屋の差押は国税徴収法による滞納処分としてなされたのであるから、訴を以てその取消を求めるためには、同法第三一条二により再調査の請求をなし、同条の三第五項による審査の決定を経ることを要するところ、原告が右処分につき再調査及び審査の請求すらしていないごとは原告も自らこれを認めているのである。しかし原告は、本件家屋の公売期日が切迫しているため、これらの決定をまつていては著しい損害を生ずる虞れがあるとして、同法第三一条ノ四第一項但書の規定の適用ありと主張するので考えてみると、本件家屋の差押が昭和二六年八月二八日であることは当事者間に争いがなく、本件訴の提起は前記のとおり昭和二七年一〇月一八日であつて、この一年有余の期間は原則として再調査及び審査の決定を得るに十分な時日であるのにかかわらず、漫然とこれらの請求をなさないで放置しておいたのであるから、たとえ現在公売期日が切迫しているとしても、これを以てはこれらの決定を経ないで直ちに訴を提起するに足る正当の事由とすることはできない。そうすると、本件訴は訴願前置の要件を欠く不適法な訴といわねばならない。

以上のとおり(一)乃至(三)の訴はいずれも不適法であるから却下を免れない

次に昭和二六年分所得税更正決定取消の請求につき考察することとする。

原告が昭和二十六年中に土砂売買仲介業を営んでいたことは当事者間に争いがない。このような事業所得の認定にあたつては、総収入金額及び必要経費を各別に算定して決定すべきものであるが、それには納税義務者の誠実な協力を要するところ、原告新谷政太郎本人尋問の結果によれば、原告は取引に関する伝票、帳簿その他の書類を全然備付けていないことが認められる。又署名捺印の真正なことよりその成立も亦真正と認められる乙第一二号証、成立に争いのない乙第四号証、同第八号証によつて認められるように、原告は昭和二六年分の所得金額を確定申告書においては金八〇、〇〇〇円、審査請求書においては金五〇、〇〇〇円、再調査請求書添付書類では金四〇、四六四円とそれぞれ異る主張をして一貫しないのみならず、原告は確定申告書において収支の計算を明らかにせず、これを明らかにしたものは再調査請求書添付書類であるが、その記載と本訴において原告の主張する収支とは著しく相違している状況である。かような場合は、やむを得ず認定可能な事実を基にしてその所得を推計せざるを得ない。

そこで原告は本訴において昭和二六年中の総収入金額(取引総額)は金二六一、一九一円でこれより運賃費金八二、四五〇円(取引総額の約三一、五パーセント)、山代金一一三、八五〇円(同約四三、五パーセント)、運転手チツプ金一〇、一〇〇円(同約三、八パーセント)、諸雑費金九、〇三〇円(同約三、四五パーセント)の必要経費を除いた所得金額は、金四五、七六一円(同約一七、五二パーセント)であると主張するが、そのうち運転手に対するチツプは必要経費とは認められないから、これを前記所得金額に加算すると、所得金額は合計金五五、八六一円(同約二一、三八パーセント)となる。しかるに証人金本一郎の証言及びその証言により真正に成立したと認められる乙第二二号証によると、同年中に訴外灘貨物運輸株式会社が原告の依頼によつて運搬した砂、バラス等の運送費は総計金二四六、四〇〇円であつたことが認められるから、右運送費を基にして前記の年間平均比率で逆算すると、原告の同年中の取引総額は概算金七八〇、〇〇〇円位となり、これから必要経費を除いた所得金額は約一六六、九〇〇円位と推算される。右は原告の主張自体からみた場合であるが、他方前記第八号証によると、原告は再調査請求書の添付書類において、同年中の売上金額(取引金額)金一四三、八五八円、材料代(山代)金四六、九八四円、運送賃金五五、八五〇円、差引純利益(所得金額)金四〇、四六四円と記載しているから、この数値を基に前同様の方法によつてその所得金額を逆算すれば(但し原告の右計算書類自体に誤算があるため正確な計算はできないが)、概算金一七五、〇〇〇円乃至金一八〇、〇〇〇円位と推算される。従つて前記貨物運輸株式会社と原告との運送費を基にして計算した原告の所得金額は、少くとも大体金一六六、九〇〇円以上あるものと推定されるのであるが、その上成立に争いのない乙第二三号証に原告新谷本人尋問の結果とによると、原告が土砂運搬を依頼した運送会社は前記灘貨物運輸株式会社のみにとどまらないこと、トラツクによる運送以外にリヤカー等を用いたこともあることが認められるから、その所得金額は前記推定金額よりさらに相当増加するものと思われる。

それは一応そうとして、証人野村薫の証言及びその証言により真正に成立したと認められる乙第一五号証によると、原告は昭和二六年中において他より借入金もなく、又不動産売買費による収入金もないことが認められるから、(この点に関する原告新谷本人尋問の結果はあいまいでたやすく信用できない)、原告ら家族の昭和二六年中の家計費は原告の事業から生ずる所得によつて賄われたものと推定されるところ、成立に争のない乙第一六号証の一、二によると、昭和二六年度の神戸市における一人当りの平均年間家計支出金額は金四三、一六一円一八銭であることが認められ、原告新谷本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によるも原告ら家族が特に普通程度以下の生活をしていたとは認められないから、右一人当り年間家計支出金額(すなわち原告の年間所得金額)は少くとも金二五八、九六七円となるのであつて、右金額は被告の更正した原告の所得金額金二四〇、〇〇〇円を上回るものである。

してみると、被告が原告の昭和二六年分の所得金額を金二四〇、〇〇〇円と認定し、これを基にして所得税額を金二七、五〇〇円と更正したのは結局相当であつて、右更正を不当としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 藤野岩雄)

目録〈省略〉

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